AI社会で「欲望」から解放された人類のビジョン

人類の欲望解決に関する歴史的な事実

人類を歴史から見ると、「欲望を適えてきた生物」であるとも言えます。 具体例は下記にあげるとして、結果としては現在まで「欲望を適えても新しい欲望が出てくる」ため、満たされていることはないようです。このようにして現在まで生き残っているため、人間としての種として持った特徴だと思われます。

交通が「馬」から「自動車」への変化も、実際はコストの増加

車という移動手段が出て来る前は、人類は移動手段として馬を利用していました。ガソリンさえあれば簡単に移動できる自動車ですが、実はインフラとして道路を引いたり、一台作ることに必要な部品の数を考えると、どれくらいの材料、人が関わって作っているか。労力は計り知れません。

洗濯が「手洗い」から「自動洗濯機」に変わっても、家事は楽にならない

洗濯機が開発される以前は、手洗いで洗濯をしていました。そのため、一枚洗うのに物凄く労力がかかっていました。洗濯だけで午前中が終わるなどということが普通にありました。 洗濯機が出て楽になったかというと、結果として服の量が圧倒的に増えて、着るものが増えたと言うことです。 このように何かを楽にするとそれによって解放された新しい産業が出てくることが多いようです。

「マズローの欲求」から人類を分析

人類の欲望を段階で分けてカテゴライズすると下記のようになります。(マズローの欲求の5段階のうちの3段階目までを使いました。)

  1. 生理欲求(生きるために必要なこと) 食欲、睡眠、繁殖、病気など
  2. 安全欲求(最低限の暮らしに必要なこと)家、衣服など
  3. 社会的欲求(仲間など)

3段階目までは最低限の欲求とされています。これら項目ですが、医療の発展などにより、以前より死ななくなってきていますし、ファーストファッション的なものが台頭してきたおかげで低コストで最低のものが提供されるようになりました。 つまり、100円均一とマクドナルドなどの低価格路線で勝負している産業のおかげで「欲望の段階を高くしなければ満たされる」ようになってきたということです。

「常に発展を続ける」ということはあるのか?

常に形を変えつつ発展をし続けるということはありうるはずです。ただ、物質的な充実は限界点が近づいているはずです。精神面もある程度分析されて発展の要素が少なくなってきています。100年程度の寿命で全ての体験をすることは難しいですし、共有側が過多になっているとも言えます。

インターネットの登場により「個別の処理する時間の限界」が見えてきた

過去のイノベーションでは、先ほど出した洗濯機の例のように、登場したことにより新たな産業が掘り起こされるようなことがありました。 今はどうでしょうか? インターネットやSNSの登場により情報が溢れたため我々にはその情報を処理する時間が圧倒的に足りなくなりました。 イノベーションには考える圧倒的な時間が必要になります。日々情報処理に終われる我々にはなかなか時間が取りにくくなっているということがあります。

ストレス対策が最適化されつつある現在

パワハラやモラハラという概念が登場し、差別の問題に関しても解決できるように社会が変化してきました。このようなインフラの登場により、よりストレスのかからない社会に変化していきます。結果としてイノベーションの必要のない社会へ変化していくことが考えられます。

AI社会は何をもたらすのか

AIは部分的に導入されています。人間の判断部分を任せられるので最適化という意味では、より合理的な選択が自動でできるようになるでしょう。

「平和」をベースに舵取りを始める

欲望を捉え直すと、脳に対してストレスにかかる部分を無くそうとしている社会でもあると考えられます。 逆説的にストレスがかからないということは、こうしたいという欲望を強く望まないことと同意義になることがあるからです。 そのようにするには、自由を限定した上で、その中で平和に生きる世界になっていくのではないでしょうか。つまり、こうしたいと言う強い欲望を持つと他人が不快になることがあるので、この辺で良いと言う限定的な感覚の上に自由を築き、その中で平和に生きる社会です。

今までは、働いて結婚して、家買って、子供育ててというロールモデルがあったけど、それらは、最低限の欲求ベースの常識感として植えつけられたものであるとも捉え直すことができます。

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