一点突破か、複合スキルか、社会の変遷から2020年以降の能力開発を考える

過去は一つのことを極めるということが重要とされていました。2020年になり、日々さまざまなことのアップデートが行われるなかで、どのように考えて生きていかのが良いかを考えます。

社会の変遷と重宝される能力

人の能力は社会の変化に伴って形を変えてきました。下記に時代ごとの社会の変遷をまとめてみます。

職人の時代

産業革命以前の手作業の時代です。その人しかできない技があり、職人といわれる人が時代を作っていました。

マニュアルの時代

企業に就職してサラリーマンとして働くことが一般的になってきた時代です。仕事ができる社員の働き方をマニュアル化して他の社員でもできるようにして汎用化、収益化を測りました。

コンピュータの時代

ウィンドウズが出てきて、誰でもコンピューターを使えるようになた時代です。コンピューターを使いこなすことで、1を10にすることが簡単にできるようになりました。

AIの時代

現在訪れてきている、考える動作をAIに置き換えていく時代です。AIを使うことで、人を限りなく少なくすることが可能になりました。

一点突破のスキルセットで生き抜く方法

一点突破のスキルセットで生き抜く方法

宮大工などし伝統工芸的な分野でのスキルが重宝されます。ただし、必要度が上がるとマニュアル化されて汎用的なセットに置き換えられてしまいます。自分がどう生き抜くかよりも、社会情勢的に必要なスキルかどうかを見極めた方が生き残りやすくなります。

複合スキルで生き抜く方法

複合スキルで生き抜く方法

デザイン、プログラム、マーケなどをある程度極めた上で他分野を同じように開発します。一つのスキルに依存しないため複合的にものが考えられます。新しい情報に興味を持ち続け、今熱いスキルを取り続けると老害化しにくくなります。

2020年以降、AI時代における人に必要とされるスキルとか

AIの発展により人間の考えるという処理を自動で行ってくれるようになります。そうすると、未だに解決されていないものすごく深い問題か、高度な分野で複合的に絡まった問題が残ります。これらをそれぞれ解く必要はなく、AIを使いこなしながら最善策を探し、トライアンドエラーを繰り返しながら進めるという新しいスキルが必要になってくると思われます。

結論としては、スキルとしてはいかにAIを使いこなせるかのスキルが大切になり、それをベースにさまざまなことを進めていくことになると思われます。

男性目線での女性評価についての分析

男性からみる女性の評価と、女性同士の評価が異なることが大きく、それがなぜだかを考えます。

僕はバカだから、色々なケーススタディから、物を判断しないととんでもない失態をします。今回は、女性を男性的な視点から、科学してみます。

最初に、女性は、特に日本では、容姿による差別が酷いから素直に中身だけで生きるよりも、見た目を化粧するなどした方が特をする場面が多い、と言うことです。
つまり、いい人と思っていた人が、表面は良い人で、後ろ側にいろいろなことが隠されていることが多いと感じます。

男性からの基準として

  • 容姿が良い
  • 頭が良い

みたいなのがベースにあるように感じます。

そうすると、

  1. 容姿が良くて、頭が良い
  2. 容姿が良くて、頭が普通
  3. 容姿が普通で、頭が良い
  4. 容姿が普通で、頭が普通

この1と3のタイプが、男性的な価値観から理解できない行動を取ることがあり、勘違いに繋がります。つまり、優しさなどを大きく人により使い分けるので、必要さに応じて親切になることがあります。ちなみに、男の場合は、この人は親切だとしたら、ある程度どんな相手でも親切なことが多いです。女性も不器用なタイプは同様なことが言えますが、おそらく男性よりも力が弱いなど、種の特徴的に身につけた能力ではないでしょうか。

SDGzは、〝地球のため?〟〝人間のため?〟

持続可能な開発目標として、SDGzが設定されています。この目標はそもそも何なのかから考えると、外見だけでなく認識できます。その中で何をしたら良いかを再度考えるきっかけにもなると思います。

持続可能な開発目標(SDGS)とは
持続可能な開発目標(SDGs)、通称「グローバル・ゴールズ」は、貧困に終止符を打ち、地球を保護し、すべての人が平和と豊かさを享受できるようにすることを目指す普遍的な行動を呼びかけています。

国連開発計画(UNDP) 駐日代表事務所

SDGzは、地球のためか? 人間のためか?

SDGzは、〝持続可能な開発目標〟です。そのため、〝人間が未来も生きていける環境を作りましょう〟ということです。
また技術的に昔に戻るなどは考慮に入れられていません。SDGzは、〝持続可能な開発目標〟です。そのため、〝人間が未来も生きていける環境を作りましょう〟ということです。100年ぐらい前に戻って電気あまり使いません〟とかにすればすぐに解決できるのにね。そう考えるとエゴの塊で自分を変えない人間の特性が出てますよね。

このゲームの主人公は誰?

アメリカがパリ協定から離脱したことを考えるとヨーロッパが主導したと考えられます。アメリカ、トランプ大統領は時刻に利益が低いことは行わないため、資本主義のルールに則ってこのゲームでは勝てないと踏んだのでしょう。

ビジネス的に見ると、今後伸びていく分野での資本投下

ビジネス的にいうと

  1. 地球環境問題の産業
  2. 政治や社会を良くする産業
  3. 個人の快楽を満たす産業
    みたいにあり、上の方が高義な内容です。下の方から満たされてきているので、マズローの欲求のように社会の成熟度の伴い高義になっていく可能性もあるので、そうすると適切な資本投下がSDGzという名目で行われたとも取れます。

国内レベルで対応する必要性に疑問

17項目ごとに、それぞれ点数があります。それを国内で検討、よくするよるりも、資本を点数の低いところに入れたほうが回収率は当然高くなります。例えば日本で対応するよりもそのお金を後進国に入れたほうが良くなります。

既存の仕組みを更新する際に利権が邪魔をする

環境問題であれば、例えば第四世代の原発(地震とかでも壊れることなく、今までと比べたらとても安全)、下水道のいらないトイレ(アフリカなど衛生が最悪のところで活躍が始まっています)、食料問題で言えばミドリムシとか様々なアプローチができます。既存プレイヤーへが参入障壁になり、なかなか浸透しにくい部分もあります。

SDGzに関する矛盾

そして、人間がしているのは地球を〝人間にとって都合良く変えていく〟こと。その際の不都合について問題として解決しようとしている。そもそも、人間の行動って、いまだに数千年単位なので地球の歴史からしたら大したことないですよね。
また、SDGzのように、具体論でどうにかしたいではなく、本質論から人間という生命体にどうアプローチしたらみんなが動くかを考えた方が現実的には動かしやすい気もします。

国の立場で考えると、社会の最適化はわかりやすい

資本主義の概念からお金を稼ぐことが第一になっている現在、それを一人ひとりの視点から見ると不公平がどんどん強くなっています。俯瞰して、「国」からという視点で社会の最適化を考察します。

国というシステムをお金から考える

人が国に飼われているとしたら、どのように見えるだろう。

  • 子供(0〜20歳)は国がお金を払う時代。
  • 大人(20〜70歳)になると税金という名目で国がお金を取る。
  • 老人(70〜90歳)になると国がお金を払う。

20年かけて育てて、その後も50年、稼ぎの一部をもらい、最後20年は還元する。個人にフォーカスしてみると、稼ぎが多い人や生活が大変な状態になる人などの差はあるけれど、結局はこのシステムに則って社会が構成されてて国がある。

国が経済的に発展するために

間違えなく、税金による収入が多い方が経済的に発展します。そのように考えると、国民の数は多い僕が良いし、税金は高い方が良い。ただ現状出生率は下がっているし、その結果、税金の負担は増えています。そうする当然生活は苦しくなるし、子供は作りにくくなります。それが、負の連鎖でどんどん苦しくなってきます。

生産性を上げる

国民が減り続ける状態で、現状を維持するもしくは経済的に発展するには、生産性を上げる方法が考えられます。そのためには徹底的な効率化が必要です。細々とした些細なところは経済合理性が無いことが多いので、それらは切り捨てて、お金が発生しやすい、利用者が多いものに予算をかけていきます。 また、教育も非常に大切です。諸外国で教育水準をあげたことにより発展を遂げた例がたくさんあります。

フィンランドの教育

フィンランドは先生が医者や弁護士と同じように人気の職業です。また、先生になるには大学院まで出る必要があります。そうして人をどう育てるかを学んだ人が教育者として子供を教え導きます。

人間心理から考える最適な予算配分

まずは社会として、死の恐怖を取り除く

まずは、医療、死なない社会を作ることが第一です。これがあるから安心して国で生活ができます。ただし、いつでも医者にかかって治るという意識では予算が青天井になってしまうため、予防医療を含めて、一生にかかる医療費を低減するような検診などのライフプランを設計します。

続いて教育水準を上げる

どのような人になるか、全ては教育にあります。教師の質を上げて、人生が楽しいという子供がたくさん増えることで社会がより生きてみたいものに変わっていきます。

グローバルにいいとこ取りをする

今後、一国に止まって生活するという概念自体が古くなるかもしれません。そうなったなら、一番教育費をかけている国で生活して、税金が低く給料が高いところで稼いで、医療保証があるところで老後を過ごすのが良いでしょう。

AI社会で「欲望」から解放された人類のビジョン

さまざまな欲望が実現していくと、人類全体の欲望は満たされます。それはインターネットやSNSの登場により、過去の個人ベースの解決でなく、人類全体でデーマを共有して解決してきた結果です。そのようにして進んだ結果、未来には何が待っているのかを歴史的な事実から考察します。

人類の欲望解決に関する歴史的な事実

人類を歴史から見ると、「欲望を適えてきた生物」であるとも言えます。 具体例は下記にあげるとして、結果としては現在まで「欲望を適えても新しい欲望が出てくる」ため、満たされていることはないようです。このようにして現在まで生き残っているため、人間としての種として持った特徴だと思われます。

交通が「馬」から「自動車」への変化も、実際はコストの増加

車という移動手段が出て来る前は、人類は移動手段として馬を利用していました。ガソリンさえあれば簡単に移動できる自動車ですが、実はインフラとして道路を引いたり、一台作ることに必要な部品の数を考えると、どれくらいの材料、人が関わって作っているか。労力は計り知れません。

洗濯が「手洗い」から「自動洗濯機」に変わっても、家事は楽にならない

洗濯機が開発される以前は、手洗いで洗濯をしていました。そのため、一枚洗うのに物凄く労力がかかっていました。洗濯だけで午前中が終わるなどということが普通にありました。 洗濯機が出て楽になったかというと、結果として服の量が圧倒的に増えて、着るものが増えたと言うことです。 このように何かを楽にするとそれによって解放された新しい産業が出てくることが多いようです。

「マズローの欲求」から人類を分析

人類の欲望を段階で分けてカテゴライズすると下記のようになります。(マズローの欲求の5段階のうちの3段階目までを使いました。)

  1. 生理欲求(生きるために必要なこと) 食欲、睡眠、繁殖、病気など
  2. 安全欲求(最低限の暮らしに必要なこと)家、衣服など
  3. 社会的欲求(仲間など)

3段階目までは最低限の欲求とされています。これら項目ですが、医療の発展などにより、以前より死ななくなってきていますし、ファーストファッション的なものが台頭してきたおかげで低コストで最低のものが提供されるようになりました。 つまり、100円均一とマクドナルドなどの低価格路線で勝負している産業のおかげで「欲望の段階を高くしなければ満たされる」ようになってきたということです。

「常に発展を続ける」ということはあるのか?

常に形を変えつつ発展をし続けるということはありうるはずです。ただ、物質的な充実は限界点が近づいているはずです。精神面もある程度分析されて発展の要素が少なくなってきています。100年程度の寿命で全ての体験をすることは難しいですし、共有側が過多になっているとも言えます。

インターネットの登場により「個別の処理する時間の限界」が見えてきた

過去のイノベーションでは、先ほど出した洗濯機の例のように、登場したことにより新たな産業が掘り起こされるようなことがありました。 今はどうでしょうか? インターネットやSNSの登場により情報が溢れたため我々にはその情報を処理する時間が圧倒的に足りなくなりました。 イノベーションには考える圧倒的な時間が必要になります。日々情報処理に終われる我々にはなかなか時間が取りにくくなっているということがあります。

ストレス対策が最適化されつつある現在

パワハラやモラハラという概念が登場し、差別の問題に関しても解決できるように社会が変化してきました。このようなインフラの登場により、よりストレスのかからない社会に変化していきます。結果としてイノベーションの必要のない社会へ変化していくことが考えられます。

AI社会は何をもたらすのか

AIは部分的に導入されています。人間の判断部分を任せられるので最適化という意味では、より合理的な選択が自動でできるようになるでしょう。

「平和」をベースに舵取りを始める

欲望を捉え直すと、脳に対してストレスにかかる部分を無くそうとしている社会でもあると考えられます。 逆説的にストレスがかからないということは、こうしたいという欲望を強く望まないことと同意義になることがあるからです。 そのようにするには、自由を限定した上で、その中で平和に生きる世界になっていくのではないでしょうか。つまり、こうしたいと言う強い欲望を持つと他人が不快になることがあるので、この辺で良いと言う限定的な感覚の上に自由を築き、その中で平和に生きる社会です。

今までは、働いて結婚して、家買って、子供育ててというロールモデルがあったけど、それらは、最低限の欲求ベースの常識感として植えつけられたものであるとも捉え直すことができます。